貸金業の歴史



貸金の原点
日本でのはじまり
質屋の誕生
クレジットカードの誕生
消費者金融の誕生
現在


[貸金の原点]

貸金の根源は、経済が農業中心の物々交換であった時代まで遡ります。

具体的には、紀元前3000年のメソポタミア文明の頃に、麦の貸し付けが行なわれた記録が残されています。

年率で約30〜33%の利息であったと言われています。

文明が栄えはじめると、貨幣の誕生により、「貸金業」が確立されました。

具体的には、紀元前700年の古代バビロニアの時代に、行なわれていた記録があります。

今でいう借用証の内容が、当時の物とされる粘土板に刻まれています。


[日本でのはじまり]

日本では、8世紀頃に米の貸し付けが行なわれたのが、はじまりです。

年率で約30〜100%の利息であったと言われています。

773年に記されたとされる「月借銭解」が、現代で言う借用証であると考えられています。

日本でも貨幣の誕生とともに、「貸金業」が生まれました。

律令時代に、政府が貸金業を行なっていた記録があります。

平安時代の末期には、裕福な寺などで「借上(かしあげ)」と呼ばれる、無担保・高金利の貸金業がはじまりました。


[質屋の誕生]

鎌倉〜室町時代に、現代で言う「質屋」である『土倉(どそう)』が誕生しました。

この時代に物を担保にして、金銭を貸し出すスタイルが確立されました。

はじめの頃は、不動産が担保の中心であったと言う説が有力で、徐々に動産(着物など)が担保の主流となっていきました。

江戸時代になると、幕府の取締りにより、土倉は『質屋』という名称に変わりました。

江戸時代に書かれた書物などに、質屋が出てくることから、庶民にとっても、より身近な存在となっていたことがわかります。

質屋は、常に時代の世相を反映しながら、現在に至っています。


[クレジットカードの誕生]

クレジットカードの開発は、1900年代の初めに、アメリカではじまりました。

サービス業での顧客の取引データを迅速に処理することを目的に誕生しました。

折りしも、世界恐慌や戦争により、あまり普及するには至りませんでした。

時が経ち、1950年に世界初のクレジットカード会社『ダイナースクラブ』が設立されました。

1949年に、アメリカの金融会社に勤務する「フランク=マクナマラ」が、レストランでの食事の際に、現金を忘れてしまった経験があり、 代金を後払いで行なえる仕組みができないかと行動したのがきっかけです。

日本では、1951年に『日本信販』が国内初の販売信用事業がスタートしました。

クレジットカード事業は、1960年設立の『日本ダイナースクラブ』が最初です。

続いて1961年に『JCB』が設立され以後、現在に至るまで銀行やサービス業など、複数の会社が事業を立ち上げ、業務展開しています。


[消費者金融の誕生]

戦後まで主流だった「質屋」は、高度経済成長の大量生産・大量消費の影響で、減少していきました。

物の価格が下がり、「質流れ」という現象が起こったためです。

そこで、誕生してきたのが『消費者金融』です。

大阪がそのはじまりで、個人向けの「担保・保証人不要の融資」としてスタートしました。

物→信用と担保が変化し、使途目的自由の資金へのニーズが高まり、クレジットカード事業とともに普及しました。

初期の頃は、上場企業の高所得サラリーマンが対象でしたが、現在では生活水準の向上に伴ない、ごく一般のサラリーマンやパート・アルバイトの人 でも利用することが可能になりました。

一方で悪質な業者による、過剰な貸付や取立が社会問題となり、その都度、法規制が敷かれてきました。

上限金利の引下げや取立の具体的な禁止事項を設けるなど、消費者保護の傾向が高まりました。

消費者金融側も、啓発活動を目的とした団体を設立して、利用者へ「借りすぎの防止」・「計画的な利用」を 呼びかけはじめました。


[現在]

インターネット・オンラインシステムの爆発的な普及により、ネット専業の金融会社が誕生しています。

既存の会社に比べて、利便性が若干劣りますが、金利や融資額が優遇されている特徴があります。

金融会社の利用前に、与信審査が行なわれますが、その 主流は、「対面→インターネット・自動契約機」に移行しています。

融資を受ける際も、「店頭→ATM・銀行振込」と変化しています。

国による規制により、年々、過剰融資・取立が減少していますが、多重債務状態になるケースは 多々見られます。

利用する際は、返済計画を立てて、正しい知識を得ておくことが大切です

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